I LOVE COCK ROBIN.
How I wonder what you are!
Up above the world so high,
Like a diamond in the sky.
Twinkle, twinkle, little star,
How I wonder what you are!
聖地と呼ばれるそこで起きた出来事が、現実のものだったのか。あれから数ヶ月経つ今では確信を持って言うことはできない。
言えるのは、ゼルダ姫が奏でるハープの音ーー時の歌という特別な旋律が止まったままだった私達の時間を動かし、この偉大なるハイラル王国の時の神殿に戻ってきたということだ。勇者リンクに斬られたはずのシークの身体は、綺麗なままだった。ただ、私が傷をつけた首もとはそのまま傷痕が残っており、何とも不思議な気持ちにさせられた。しかしそれも致命傷ではない。外見上は、平常となんら変わらないように見えた。眠っているだけのように。
リンクが使ったのがマスターソードだったからだろうと、ゼルダ様はそう言った。マスターソード以外では彼に傷をつけることは出来なかったと。
私が付けた傷は例外である。それもこれも、私と彼が繋がっているから。生まれの深い所もそうだし、なによりも彼は自分の中に私の核というべき魔力の源ーー血液を取り込んでいる。私と彼のつながりをより深い物にしてしまったその行為のせいで、私も彼に触れることが出来たのだと。それほど、あの時点ではシークは浮世離れした存在だったそうだ。マスターソードが彼の持つ聖地の要を斬ることが出来ても、基本的にマスターソードは悪しきもの以外は切り伏せることが出来ない。
もう私の中ではほとんど神格化されてしまったゼルダ様のいうことに、私が疑いを挟むことは無いーーシークが、私の双子のきょうだいだと言うことにも。自分と同じ赤色の瞳はそういうことなのかと、ようやく納得がいった。彼と私の間には、赦されない血の繋がりがあるからだ。私がハイラルでは類を見ない黒髪なのも、きっとそういうこと。彼女の説明で納得がいかないまでも、理由はつく。
ただ、いまだに彼女と私に血縁関係があるのだということだけは納得していない。あの素晴らしいゼルダ様と、私に関係があるはずが、それでもシークとゼルダ様に血のつながりがあるというのは納得しかないのだから不思議な話だ。
聖地とされる、あの不思議な空間へ行く前に、ゼルダ様が仰ったことを思い返す。あのときは動揺ばかりで、身に沁みてこなかったことでも、今は素直に受け入れられる。素直に受け入れているのか、シークが帰ってこない事実に打ちのめされて、縋っているだけなのかは分からないけれど。
『ラナさん。あなたはわたくしの、腹違いの妹なのですよ』
ただ、この台詞の意味を、私は未だに受け入れることが出来ない。腹違いの姉、それだけならばまだ良い。ただ、続けて言われた言葉を、どうしても受け入れたくはなかった。
『あなたの母君は、殿下と呼ばれた女性ですーー聞いたことはあるでしょう? ハイラル王がまだ王でなかった時、賢姫とまで称された王女のことを』
継承権が第一位ではなかったから、『ゼルダ』という名を与えられることは無かった、歴代で最も『ゼルダ』と呼ばれるに相応しい女性。彼女の若かりし頃はそう言われていたらしい。ハイラル王に疎まれて、隣国へ嫁がされたハイラル王の妹。その人が母親とはどういう意味なのかーーゼルダ姫の腹違いの姉ということは、父親はハイラル王だというのに。
『あなたは、あなたとシークは誰よりも王家の血が濃いのです』
『……どういうことですか』
『シークがあなたの双子のきょうだいだとは、本人から聞いていないのですか』
ええ。そう頷いたら、ゼルダ様は考え込むように、視線を床に落とし、そして再び青い瞳を私に向けた『任務に忠実な彼は、言い出せなかったのかもしれませんね』それは、私よりもゼルダ様を取ったということだ。そのことに対して、安堵したのを覚えている。私もこの時は、未だゼルダ様を盲信していたとき。今だって変わらずに慕ってはいるけれども、あの時は理性を失っていたともいえる。
『……シークも、知らないのですよ。父親のことを』
『母のことはーー』
『母君のことは、あなたが城を追われてすぐに知ったそうです。けれど、城ではあなたの父については嫁ぎ先の人間だと、当然考えられていましたから』
『実際にそうかもしれないじゃないですか。実際に私の髪も』
『あなたの母君は、ここと同じ黒髪のいない国に嫁いだのです。髪色だけで、判断するのは早計ですわ。城の薬師との子だと思っている人間もおりましたーー彼も耳が丸い、シーカー族の人間だったから』
要するに、私の父親のことを真に確信出来る環境には無かったということだろう。だが、ゼルダ様の仰るように父が本当にハイラル王であれば、私とシークは王家に最も近い存在だったーーなのに、それは公表出来ず、母の子どもとして処理されてしまった。権力に溺れていたのなら、王が私達を疎ましく思うのは当然だろう。世に認められた自分の子を、後釜に据えたいと思うのは人の心理。王とはいえ、例外ではないに違いない。
きっと、王にしても確信は無かったのだろう。城の外の人間ならば、国の外で生んだ子なれば、王は関知しなかった。見て見ぬ振りをした。だが、何故だか彼女は帰ってきてしまった。腹の子の髪の色を薄々知っていたのかもしれない。
自分の子かもしれない、そう思うに至る行為が、彼らの間にあったかは私達が知る所ではないけれどーー高い確立で、王も自分の子だと思っていたのだろうと、私にも思える。私と、シークが生きていることがその証に違いが無い。
その当時、起きたことを私は全く知らないから、そんなことを思えるのだけど。
それが本当にしろ、嘘にしろ、私の感情に染み込まず、上滑りしていく。だいたい、こんなにオトナになってしまってから聞かされても、どうしようもない。ゼルダ様と血縁的には近い存在であると知らされても、私の中ではもう崇拝の対象なのだ。隔たりは大きい。
あのときの会話を、毎日、寝る前に思い起こしては首を振る。私は、私であって、王家とはもう関係がない。それなのに、どうして切なくなってしまうのだろうか。
「シーク」
無意味に名前を紡いで、私は目を閉じた。
どんな関係でも良い。ただ、彼がここにいて欲しかったと、強く思う。
数ヶ月も経てば些細な首筋の傷なんて癒えてしまう。健康状態は至って良好なはずなのにもかかわらず、シークは目を醒まさなかった。
魂が損傷しているのだと、ゼルダ様は悲し気な表情のまま言った。聖地で傷をつけられたのはうつしみではなく魂だと。苦しそうな彼女の隣で、勇者はいつもの何を考えているのかよくわからない笑顔を浮かべていてすこしばかり苛立ったけれど、でもそれを彼に告げるのはお門違いだろうと思ってグッと我慢する。ゼルダ様を励ますことが出来ないことで、罪の意識を感じていれば良い。彼がシークのとどめを刺したのだ。なんて、そうやって考えるのは、私の八つ当たりに過ぎないことくらい自覚してる。それに彼だってシークの友達だったという点では、きっと苦しく思っているに違いないのだから。私はまだ、シークを家で看病したときに、リンクが見せたあの表情を忘れてはいない。
「ね、シーク、君はもう目覚めないの」
私の血が、魔力が彼を癒すというならと、眠っている彼の口の中に流し込んだこともある。肌を切って、傷口からそっと混ぜ込んだこともある。それでも、彼は目が覚めなかった。
期待は持っていた。外見上には損傷という損傷が見当たらなかったのだから、聖地で起きたことなんてただの夢か何かみたいなもので、きっとすぐに目を覚ますと。そう思ってずっと自分の家のベッドに彼を横たわらせてきた。
心配するクスリ屋のにいちゃんを筆頭としたカカリコ村のみんなや、ゼルダ様や、リンクには申し訳ないとは思いはしたが、もうシークがいないと意味が無いのだ。一度色づいた景色を見てしまえば、前の白黒の世界じゃ満足出来なくなる。
シークがいつも使っていた凶器の短剣は形見代わりだった。動かない彼の肉体の傍らに落ちていた。私が持っていた護身用のそれとは比べ物にならない、きちんとしたもの。
形見というには違うかもしれないけれど、シークは生きているが現時点では死んでいるも同じだ。あながち間違ってはいないだろう。それに、もしかしたらこのまま死んでしまうのかもしれない。むしろ、魂はとっくに死んでいるのかも。
棚にしまい込んだ形見代わりのそれを探す、何かを決意しようとしたときそっと握りしめていた雫型のーー涙型のペンダントはもう無いけれど、きゅっと喉元で拳を握った。
手に取った短剣は、思いのほか手に馴染んだ。ただ彼が軽々と使っていたよりかは、ずっしりと重量感があってお遊び用の玩具でないことを主張している。
じっと見つめると、キラキラと光る銀色の身が自分の顔を映した。随分とやつれていて、お化けのようだ。目の下の隈も酷い。これじゃあ、みんなに心配される訳だ、と思わず空笑いを漏らしてしまう。
自分で自分を傷つけるという行為には、いささかの抵抗があった。けれど、彼のいない世界なんて生きていても仕方が無い。依存の対象を、ゼルダ様からあなたに変えただけだなんて、笑われるかしら。でもあいにく、私はそういう生き方しかしらないの。
(どうせ、私達が一緒にいることを女神様はお許しにならないわ)
きっとそういうことなのだろう。幼い頃から引き離され、存在も知らないまま私は育ち、勇者に斬られて絶望して。なのに、共に帰って来れたかと思えばぬか喜び。隣にあった肉体は、目を醒まさない、ただの抜け殻。ようやく一緒に生きられるかと思えば、彼は返事もしないのだから。
それならば、いっそ、死んでしまっても構わない。死んでしまえば、きっと私は自由になれる。解放される。そんな考えに取り憑かれるようになったのは、いつからだろうか。
本当は、いきたい。生きて、生きて、生き抜くべきだと分かっているのに!
動脈を傷つけると、思いのほか血液が飛び散った。大量に彼に掛かる。目が覚めることを期待している訳ではなかったが、しばらくしてその瞼が持ち上がったときには歓喜の気持ちを抱く他無かった。シークは生きて。掠れた声で呟く。
シークは驚きに紅い目を見開いた。あまりにも当たり前に目を見開いたものだから、私の方は驚くことも出来ずに、感情を覆い隠すように微笑んでしまう。彼は、しばらく使われていなかった声道を無理に使って音を紡ぐ。
「どうしてだ、ラナ……!」
「シークは、生きて」
彼の言葉には反応せず、呪いのようにうわ言を繰り返す。シーク生きて、と。私の声は、きっと魂を持つのだろう。彼はきっと、私の最後の願いを裏切らない。裏切れない。だから、彼は解放されないのだろう。これは、呪いだ。
真っ白く、視界も霞んできた。霧がかかる目の前を覗き込むルビーのように紅い瞳。焦りを湛えているそれが、心無しか潤ってきらりと光った。しゃらりと動く金糸の束。窓から入り込む火の光によって不可思議に煌めく。まるで――私の想いを打ち消すように、私が一番すきなその色は呪いの色に穢された。
せめて、最後にわらい顔を作ろうと思ったが、顔の筋肉の自由は既にきいていない。
ふしぎと威厳を感じられる、私の大好きな、すこし高めの男性の声が私の名前を呼んだ気がした。
私の記憶は、そこで途切れる。
そして、ボクは身動きをしなくなった彼女に口を付けた。塩分を山ほど含んだ、ねっとりとした鉄の味がボクの咥内を蹂躙する。透明の液体が自分の意思とは関係なく、ぼろぼろぼろぼろと零れて行く。紅い瞳から零れるそれだけが、赤くはなくて皮肉だ。ボクの体内から逃がされた塩分が、彼女を補完すればいいのに。
掻き抱くようにして、彼女を抱きしめる。硬直した筋肉が悲鳴をあげるも、そんなことに構っていられない。どうか、起きて。生きて。そんなことを絶叫する。気持ちが全身から溢れ出す程に叫んだのは始めてだ。随分と長いこと使われていなかった声帯は綺麗に音を出してはくれないが、彼女に届くためには充分なはずなのに。なのにーー
―――それでも、彼女がボクに応えることは、二度とない。
彼女の源は、ボクへと染みていく。彼女のあたたかみがまだ冷めていない血液。それを浴びた部分が、徐々に熱を持っていく。燃えるような温度。じわりじわりと、染み込んで自分のものになって行くのを感じる。浴びていないはずの眼球までが溶けるような熱さに襲われた。目の前が真っ赤になって何も見えない。思わず抑えて転げ回ってしまう。
苦しみが、徐々に落ち着いてきた頃、ボクは無意識に思った。ボクと、彼女は、ひとつになったのだと。ボクはしなない。しねない。彼女と関わらなかったあの頃と同じように生きるだけだ。
彼女の、ラナの分までも、現世に留められて、そうしてハイラルのーーゼルダのために命を消費する。
(The End.)